股関節に付着している「関節唇(かんせつしん)」という線維軟骨が、損傷することで起こる疾患です。
スポーツで股関節を激しく動かす(脚を広げる、関節を曲げるなど)ことをきっかけに発症する方が多いのですが、稀に、元々骨盤と臼蓋がスムーズに噛み合わない「臼蓋形成不全症」によって発症するケースもあります。初期は歩行時の違和感しか現れませんが、進行するにつれて、股関節を曲げる動き(階段を昇る、長時間イスに座り続ける、しゃがむなど)を行う時に痛みを感じるようになります。
スポーツをされる方の場合、ジャンプ、ダッシュ、ひねる、スタート、ストップなどの動作を行うと症状がひどくなり、消炎鎮痛薬を服用したりリハビリテーションを約3カ月間行ったりする保存療法で治療します。
“股関節唇損傷”について
病院でレントゲンを撮って異常なしと言われ、湿布や痛み止めだけ処方されても股関節痛が引かず、痛みで困っていらっしゃる人は、もしかすると「股関節唇(こかんせつしん)損傷」かもしれません。軟骨がすり減っている状態である変形性股関節症はレントゲンで診断がつきますが、股関節唇だけが損傷している状態ではレントゲンでは異常が見つかりません。
これまで原因不明とされた股関節痛の中に含まれている可能性がある、股関節唇損傷について説明します。
股関節唇とは?
股関節の中に、太ももの骨(大腿骨:だいたいこつ)と受け皿の骨(寛骨臼:かんこつきゅう)があり、骨と骨が直接ぶつからないように、それぞれ軟骨でコーティングされています。受け皿の骨の軟骨の一部分が少し飛び出ている部分を「股関節唇」といいます。股関節の受け皿の骨のまわりを縁取っていて、タコの吸盤のように太ももの骨を取り囲んでいる部分のことをさします(図の赤色の部分)。
股関節唇は、タコの吸盤のように太ももの骨に吸い付くように働き、太ももの骨が抜けないように働くことで、股関節唇は股関節の吸着の役割をしています。ですので、股関節唇が損傷すると、股関節の吸着の役割が無くなってしまうので、股関節が抜ける、ぐらつく、はまっていないなどの症状が出ることがあります。股関節唇損傷が生じると太ももの骨が安定しなくなり、次第に軟骨が破壊され、軟骨がすり減って変形性股関節症になってしまうと考えられています。
また、体重がかかっている受け皿の骨の軟骨の中には神経がないのですが、そこから出っ張った股関節唇には神経が走っているので、股関節唇が痛むと神経が刺激されて痛みや違和感が生じます。
股関節唇損傷の症状
股関節唇が損傷を受けた場合は、下記のような様々な症状が出ることがあります。
- 太ももを動かすような動作で痛みが走ったり違和感が生じたりする
具体的には、股関節を曲げたり、ひねったりするような動作(あぐらをかく、靴下を履く、爪を切る、椅子や床から立ち上がる、車や自転車の乗り降り、脚を組む等)や、長時間椅子に坐っている状態、寝返りの際など - 引っかかり感
- 股関節の奥に何かが挟まっている感じ
- 股関節を動かせなくなる(ロッキング)
- 股関節がぐらぐらする
- 抜けるような感じ
- 抜けそうで恐い
- うまく股関節に“はまっていない”
また炎症がひどい方は
- 股関節に電気が走るような激痛
- 夜寝ている際や動かなくてもジンジンするような鈍痛を生じる
上記に当てはまる場合は、股関節唇損傷の可能性があります。
股関節唇損傷の診断
股関節唇損傷を診断するためには、病歴と専門的な診察所見に加えて、股関節唇に特化した特殊な撮影方法でのMRI検査が必要です。一概にMRI撮影といっても様々な撮影方法があり、股関節唇は小さい組織なので、股関節唇に特化したMRI撮影をしないと異常がみつけられないことがあります。別の整形外科に行ってレントゲンやMRIを撮っても異常が無いと言われてお越しくださった方には、当院ではもう少し詳しくレントゲンを撮らせてもらい、MRI撮影をさせていただくことで、股関節唇損傷と診断がつく方がいらっしゃいます。
股関節唇損傷が生じてしまった原因として、もともと股関節に形の異常があることも多いため、股関節の形をレントゲン検査で詳しく検査させていただきます。例えば、股関節の受け皿の骨が浅い「寛骨臼(かんこつきゅう)形成不全」や、股関節を曲げたときに骨同士がぶつかる 「FAI:大腿骨寛骨臼(股関節)インピンジメント」などです。
股関節内注射
当院では、診断および治療目的にとても細い針と超音波(エコー)を用いて、股関節の中に注射をさせていただくことが多いです。
股関節唇損傷の痛みが出る部位は股関節前面が一番多いですが、股関節外側や、臀部(おしり)、太もも、膝のまわり、腰痛、下腹部などに痛みが出ることもあり、ときに診断が難しい場合があります。腰部脊柱管狭窄症、腰椎椎間板ヘルニア、仙腸関節障害、鼡径部痛症候群(グロインペイン症候群)などと言われた診断の中にも、股関節唇損傷がかくれていたり、影響を与えたりすることがあります。股関節唇損傷が痛みの原因と診断するためには、股関節への痛み止め(局所麻酔薬)の注射がどうしても必要なことが多いです。当院では、とても細い針と超音波を用いて股関節内に安全で確実に注射を行い、注射直後に痛みが改善する場合は、痛みの原因は股関節唇損傷であると確定診断しています。
股関節唇損傷への治療方法(保存療法)
股関節唇損傷と診断された場合、まず保存療法(手術以外の方法)を実践します。 股関節唇損傷自体が自然に治ることはほぼ無いのですが、約80%の方は保存療法で痛みが改善します。
日常生活では、下記の点に気をつけてください。
- 股関節が深く曲がるような動作を避ける
- あぐらをかくように股関節を開く動作を避ける
- 深いソファや床に座らないようにして、洋室での生活を心がける
- 車の乗り降りや、椅子や床から立ち上がるときなどに手を添える
できるだけ関節唇への負担を与えないような股関節の動かし方、身体の使い方を理解し、日々の生活の中から実践することが痛みの軽減、予防に繋がります。
また、当院へ週1回程度の通院可能な方は、是非外来リハビリテーションを行いましょう。股関節の周りや体幹の筋力トレーニング、骨盤の柔軟性を得ることで、股関節唇の痛みの軽減にとても役立ちます。また、股関節唇損傷があることで、ご自身が股関節をうまく使いこなすことが出来なくなってしまう状態(メンテナンス不良:機能障害)になっていることが多いです。リハビリを行うことで股関節がうまく使えるようになるようにサポートします。
そして、股関節内の炎症を軽減する目的で股関節内にステロイド注射やヒアルロン酸注射をすることもあります。注射をすることで、リハビリテーションの成果がより上がることがあります。
このような日常生活での工夫やリハビリ、注射で総合的に治療を行うことで、股関節唇の痛みが改善する方が少なくありませんが、数カ月たっても改善しない場合は、一歩進んだ治療として手術を考えた方がよいかもしれません。
股関節唇損傷への手術療法
股関節唇損傷への手術治療の1つに股関節の内視鏡手術(股関節鏡視下術)があります。 股関節の外側に小さい穴を2~3カ所作り、内視鏡を入れ、傷んだ(または切れた)股関節唇を縫い合わせる方法です (股関節鏡視下股関節唇形成術)。
股関節の内視鏡手術(股関節鏡手術)は比較的高度な手術の技量が必要とされ、国内ではまだあまり普及していないのが実情ですが、当院では国内外で十分な経験と実績を積んだ、国内では数少ない股関節鏡の専門医であります、日本股関節学会の股関節鏡技術認定取得医が手術を担当します。