先天性股関節脱臼は将来の変形性股関節症にどう影響するの?
今回のkey point
先天性股関節脱臼がある人は約3〜5割程度で変形性股関節症になりやすい |
先天性股関節脱臼によって股関節の浅さが変形性股関節症の発症につながる |
先天性股関節脱臼は将来の変形性股関節症にどう影響するの?
股関節の発育不良が将来の関節に与える影響
赤ちゃんのときに起こる先天性股関節脱臼(近年は発育性股関節形成不全という)は、将来の股関節に問題を残すことがあります。大人になったときに変形性股関節症(股関節の軟骨がすり減って痛みや関節の変形を生じる病気)を引き起こしやすくなります。先天性股関節脱臼になることで、股関節のつくり(骨盤側の受け皿である「臼蓋(きゅうがい)」)が浅かったり、大腿骨の骨頭が正しくおさまっていなかったりします。その結果、正常な股関節に比べて将来関節にかかる負担が大きくなり、長い年月を経て関節が痛みやすくなります。
なぜ股関節の脱臼が軟骨を傷めるのか?
股関節は骨盤側の臼蓋に大腿骨頭がはまり込む構造をしています。先天性股関節脱臼では、この骨盤側のくぼみ(臼蓋)が浅かったり十分に発達していないことが多いです。そのため、骨頭と骨盤が接する面積が小さくなり、体重などの負荷が狭い部分に集中します。その結果、クッションの役割である軟骨が通常よりすり減りやすくなり、関節が若いうちから傷みやすくなります。
また、股関節を安定させる周りの組織(軟骨や靱帯など)にも負担がかかり、少しずつダメージが蓄積されていきます。このようなメカニズムで、先天性股関節脱臼は将来的に変形性股関節症を起こす大きな要因となります。
将来どれくらいの割合で変形性股関節症になるのか?
先天性股関節脱臼のある人が、変形性股関節症になる確率については、明確な数字はそれぞれの報告によって異なりますが、おおよそ3〜5割程度の人が50歳頃までに股関節に変形が生じると報告されていることが多いです。
また、臼蓋が浅い場合は約20%が40代半ばまでに変形性股関節症を発症すると言われています。さらに、臼蓋の浅さが重度で骨頭の一部が外にはずれかかったような状態(亜脱臼)では、約80%が40代で変形性股関節症を発症しています。
このように股関節の不安定さ・浅さの程度が強いほど、若い年代で変形性股関節症になるリスクが高まることがわかります。逆に、しっかり治療され股関節の受け皿が正常に近い状態で維持できた場合、中年まで問題が出ないケースも多くあります。一般的には、症状が出るのは40〜60代が多いとされますが、先天性股関節脱臼の影響が大きい場合はそれより若くして痛みが出たりすることもあります。
日本人に多い?欧米との違いは?
日本では、先天性股関節脱臼が原因で起こる変形性股関節症がとても多いことが知られています。日本の変形性股関節症の約8割に、先天性股関節脱臼が関与していたという報告もあります。これは欧米の国々に比べてかなり高い割合です(欧米では変形性股関節症全体のうち20〜40%程度が先天性股関節脱臼に起因するとの報告があります)。
なぜ日本で多いのかについては、かつて日本では赤ちゃんの抱き方やおむつの巻き方の習慣により股関節に負担がかかりやすかったことが原因として考えられています。実際、昔の日本では新生児の約2%に先天性股関節脱臼が発生していましたが、現在では0.2%程度まで減少しています。
また日本では先天性股関節脱臼や変形性股関節症は特に女性に多い傾向がありますが、欧米の一部の調査では男女差が少ないという報告もあります。この違いには、骨盤の形の遺伝的な要因や女性ホルモン・妊娠出産による骨盤のゆるみなどが関係する可能性が指摘されています。
日本では先天性股関節脱臼による変形性股関節症が多かったため、対策が重要視されてきました。最近では赤ちゃんの股関節検診や育児指導の普及で、新生児の先天性股関節脱臼はかなり減っており、将来的には「子どもの頃の脱臼が原因で起こる変形性股関節症」も減っていく可能性があります。
早期発見・治療が大切です
先天性股関節脱臼は早期に発見して治療することで、将来の関節へのダメージを大きく減らすことができます。 赤ちゃんの時期に股関節脱臼が見つかった場合、通常は装具などで股関節を正しい位置に保持し、正常に発育させる治療を行います。このような治療によって多くの赤ちゃんの股関節は正常な構造に発達し、その後の生活で問題が起きにくくなります。実際、早期発見して治療すれば90%以上は正常に治るとも言われています。逆に、見逃されたり治療が遅れたりすると、骨盤の受け皿の浅さ(臼蓋形成不全)が残ってしまい、関節の軟骨がすり減りやすい状態が続いてしまいます。その結果、大人になってから変形性股関節症へと繋がってしまうことがあります。一度変形性股関節症が進行して軟骨がすり減ってしまうと、現在の医療では元の正常な軟骨に戻すことはできません。痛みが強く日常生活が困難になるほど悪化した場合は、人工股関節置換術という選択肢となります。
まとめ:
先天性股関節脱臼は、将来的に変形性股関節症を引き起こすリスクが高い状態です。しかし、早い段階で適切に治療すればそのリスクを大幅に減らすことができます。赤ちゃんの頃の股関節の問題は放っておくと中年以降の痛みにつながる可能性があるため、早期発見・治療によって股関節を守ることが大切です。
参考文献
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