変形性膝関節症に対するヒアルロン酸注射とは
今回のkey point
ヒアルロン酸注射の効果は痛みの軽減・軟骨の保護・炎症の抑制などがあります。 |
ヒアルロン酸注射は初期〜中期の変形性膝関節症に効果がでやすい。 |
変形性膝関節症に対するヒアルロン酸注射ってどんな治療?
変形性膝関節症とは、中高年に多い膝の関節疾患で、膝関節のクッションである軟骨がすり減って関節が変形し、痛みや腫れ(いわゆる「水がたまる」状態)を起こす病気です。特に女性に多く、高齢になるほど患者が増えます。
変形性膝関節症の治療には様々な方法がありますが、代表的な保存的(手術をしない)治療の一つに ヒアルロン酸注射 があります。今回は「ヒアルロン酸注射」とはどのような治療なのか、その仕組みや期待できる効果、、副作用や注意点、そして他の治療法との違いや併用について解説します。膝の痛みに悩む患者さんやご家族の方に、ヒアルロン酸注射について正しく理解していただければ幸いです。
変形性膝関節症とはどんな病気?
変形性膝関節症は主に加齢や使いすぎによって膝関節の軟骨が摩耗し、関節が変形してしまう病気です。軟骨がすり減ると骨同士が擦れ、関節に炎症が起きて痛みの原因となります。進行に伴って関節内に骨の棘(骨棘)ができたり、関節液の中のヒアルロン酸が減少したりすることでも痛みが生じます。膝が腫れて関節液が過剰にたまり(「膝に水がたまる」状態)、膝の曲げ伸ばしがさらに困難になることもあります。
発症の原因やリスク要因としては、年齢以外にも肥満や遺伝的要因が関与します。若い頃にスポーツや事故で膝をケガした経験がある人、例えば半月板損傷や靭帯損傷をしたことがある人は、中高年になってから変形性膝関節症を発症しやすくなります。また、関節リウマチや化膿性関節炎(関節の感染症)を患った後遺症で起こる場合もあります。
症状の進行はゆっくりですが、放置すると次第に悪化します。初期は「朝起きて立ち上がる時や歩き始めだけ膝が痛むが、少し休めば治る」という状態ですが、これが中期になると正座ができない、階段の上り下りで膝が痛む、といった日常動作に支障が出ます。さらに進行した末期では、じっとしていても膝がズキズキ痛み、膝の変形(O脚化など)が目立ち、膝をまっすぐ伸ばせない、歩行も困難になる、といった深刻な状態に至ります。このように症状が進む前に、早めに整形外科を受診して対処することが大切です。
ヒアルロン酸注射とはどんな治療?
ヒアルロン酸注射とは、膝関節の中にヒアルロン酸という物質を直接注入する治療です。ヒアルロン酸はもともと私たちの関節液(滑液)に含まれる成分で、関節の潤滑油のような役割を果たし、軟骨に栄養を与えています。変形性膝関節症になると関節液中のヒアルロン酸量や濃度が低下し、関節液が粘り気や弾力を失って関節がぎしぎし軋むようになります。そこで、不足したヒアルロン酸を補充してあげると、関節液本来の働きが戻り膝の動きを滑らかにする効果が期待できるのです。
注射の仕組み:
ヒアルロン酸を注射で関節内に入れることで、関節の表面を潤し摩擦を減らす効果があります。その結果、関節への衝撃が和らぎ痛みの緩和につながります。また、ヒアルロン酸自体に炎症を抑える作用もあるため、関節の腫れや水がたまる症状を改善するのにも役立ちます。さらに、関節の動きがスムーズになることで日常生活での膝の可動域の改善も期待できます。ヒアルロン酸は軟骨の構成成分でもあるため、軟骨表面をコーティングして軟骨を保護する働きもあるとされています(ただし軟骨そのものを再生させるわけではありません)。
実際の注射の流れ:
ヒアルロン酸の関節注射は整形外科の外来で短時間で完了する手軽な治療です。患者さんはベッドに仰向けや座った姿勢になり、医師が膝のお皿(膝蓋骨)の横あたりから注射針を関節内に刺して薬液を注入します。必要に応じて、注射の前に膝に溜まった余分な関節液(いわゆる「膝の水」)を注射器で抜いてから薬を入れることもあります。注射時にはアルコール綿などで皮膚を消毒し、清潔な手技で行われます。処置自体は5〜10分程度で終わり、その後少し休めば歩いて帰宅することができます。針を刺すときチクッとした痛みはありますが、通常は我慢できる程度のわずかな痛みです。もし注射の際に激しい痛みを感じた場合、変形が強く関節の隙間に針が入りにくかった可能性がありますが、本来ヒアルロン酸注射は適切に行えばそれほど強い痛みを伴わないものです。
ヒアルロン酸注射で期待できる効果
ヒアルロン酸注射は対症療法(症状を和らげる治療)であり、即座に膝の痛みを緩和してくれることが大きな利点です。主に次のような効果が期待できます
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痛みの軽減(鎮痛効果):
関節内の潤滑が改善し、骨同士のこすれ合う痛みが和らぎます。多くの患者さんで注射直後から痛みの軽減を実感できます。 -
関節の動きの改善:
関節が滑らかに動くようになるため、膝の曲げ伸ばしがスムーズになります。歩き始めのこわばりが軽くなり、日常動作が楽になる効果があります。 -
炎症・腫れの抑制:
ヒアルロン酸には炎症を鎮める作用もあるため、関節の腫れ(関節液の過剰な分泌)を抑えることが期待できます。これにより「膝に水がたまる」状態の改善にもつながります。 -
軟骨の保護効果:
関節表面を潤滑することで軟骨への過度な負荷を減らし、軟骨の摩耗進行を遅らせる効果が期待されます。完全に病気の進行を止められるわけではありませんが、何もしない場合に比べ軟骨破壊のブレーキになる可能性があります。
こうした効果のおかげで、ヒアルロン酸注射を受けた患者さんからは「注射後は膝の曲げ伸ばしが楽になり、日常生活がスムーズに送れるようになった」といった声が多く聞かれます。ただし効果には個人差があり、後述するように関節の状態や病期によっては「あまり変化を感じない」という方もいます。
効果が出やすい人・出にくい人
ヒアルロン酸注射の効果は、患者さんの膝の状態によって違いがあります。一般的に、変形性膝関節症の初期〜中期の患者さんほど効果を実感しやすく、進行が進んだ末期の患者さんでは効果が出にくい傾向があります。
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効果が出やすいケース:
膝の軟骨のすり減りが比較的軽度な初期〜中期の変形性膝関節症の方です。軟骨が部分的に残っており関節の炎症も強くない段階では、ヒアルロン酸で潤滑を補うことで痛みが顕著に改善することが多いです。 -
効果が出にくいケース:
軟骨がほとんど消失し骨同士が直接ぶつかっているような末期の変形性膝関節症の方です。関節の変形や炎症が極度に進んだ状態では、ヒアルロン酸を入れても十分な潤滑効果が得られず、痛みの軽減につながりにくいことがあります。
効果の感じ方には個人差も大きく、膝の状態や注射するタイミング、併用している他の治療など様々な要因が影響します。大切なのは「効く人もいれば効かない人もいる」ことを知っておくことで、自分に効果があるかどうかを見極めつつ治療計画を立てることです。もし一定回数試してみて効果が乏しいようであれば、主治医に遠慮なく相談し、リハビリの強化や他の治療法への切り替えを検討しましょう。
通院頻度の目安
ヒアルロン酸注射はどのくらいの頻度で行うのか?
一般的には週に1回のペースで計5回、約1ヶ月かけて連続して注射を行い経過をみることが多いです。これは関節内のヒアルロン酸濃度を一時的でなく継続的に高め、効果を安定させるためです。5回の注射が終わった後は、患者さんの痛みの状態に応じて2〜4週に1回の頻度で追加の注射を行うかどうか医師が判断します。痛みが治まっていれば一旦終了し、また悪くなってきたら再開する、といった形で柔軟に対応する場合もあります。
ヒアルロン酸注射の副作用と注意点
ヒアルロン酸注射は安全性の高い治療であり、重大な副作用が起こることはほとんどありません。ヒアルロン酸はもともと体内にある物質なので、薬に対するアレルギー反応も起きにくいとされています。それでも注射である以上、多少のリスクや注意点はありますので押さえておきましょう。
主な副作用・リスク:
一般的に報告されている副作用は注射部位の痛みや腫れ、赤みなどです。注射後、膝が一時的にズキズキしたり膨れぼったく感じたりすることがありますが、通常は数日以内に自然に治まります。もし腫れや痛みが数日経っても引かない場合や、熱っぽい感じがする場合は念のため医療機関に連絡してください。適切なアフターケアのアドバイスや必要な対応をしてもらえます。
極めてまれではありますが、気をつけるべき重篤な合併症として関節内の感染(化膿性関節炎)があります。注射針を介して細菌が関節内に入ると関節炎を起こす可能性がありますが、滅菌操作を徹底していれば通常起こりません。それでも何度も繰り返し注射を続けるうちに、ごく低い確率ながら感染のリスクは蓄積します。そのため痛みが引かないのに頻繁に注射を打ち続けることは推奨されません。効果がなくなってきた場合は無理に回数を重ねず、他の治療法への切り替えを検討すべきです。また、注射を繰り返すことでわずかながら神経損傷などのリスクも指摘されています(膝の周囲には神経が走っており、稀に針がかすめて痛みやしびれが残るケースがあります)。いずれも頻度は非常に低いものの、ゼロではないことは頭に入れておきましょう。
その他、ヒアルロン酸注射の落とし穴として知っておいていただきたいのは、「痛みが和らぐことで膝をつい酷使してしまう」という点です。痛みが取れるとどうしても安心して動きすぎてしまいがちですが、軟骨の損傷そのものは治っていないため、無理をするとかえって関節の悪化を早めてしまう恐れがあります。ヒアルロン酸注射が効いている間は「痛みを感じにくくなっているだけ」と自覚し、痛みが引いていても適度な休息をとるよう心がけましょう。
注射後の注意点: ヒアルロン酸注射を受けた日は、日常生活に大きな制限はありませんが、いくつか気をつけたいことがあります。
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入浴: 当日は長湯や熱いお風呂は避け、シャワー程度にしておきましょう。入浴で体が温まると注射部位が余計に腫れたり出血しやすくなったりする可能性があるためです。翌日以降は問題ありません。
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運動・動作: 注射直後から普通に歩いたり生活したりして構いませんが、激しい運動や膝に負荷のかかる動作は当日控えるのが無難です。特に注射した日はランニングや重い物を持って階段昇降などは避け、できるだけ膝を安静に保ってください。翌日以降、様子を見ながら軽い体操やストレッチ程度から再開しましょう。無理のない範囲で体を動かすこと自体は大事で、適度な運動はむしろ膝周りの筋肉を強化し関節を安定させるのに役立ちます。
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その他: 注射当日はアルコールや喫煙もできれば控えた方がよいでしょう(血行が良くなりすぎると炎症が強まることがあります)。また膝へのマッサージや過度な圧迫も避けてください。注射部位には絆創膏が貼られる場合がありますが、その日のうちに剥がして問題ありません。
以上の点に注意すれば、日常生活に大きな支障はありません。何か気になる症状があれば無理をせず医師に相談してくださいね。
他の治療法との違い・併用の考え方
変形性膝関節症はヒアルロン酸注射だけでなく、様々な保存療法(手術以外の治療)を組み合わせて症状の改善を図るのが一般的です。ここでは主な治療法とヒアルロン酸注射との位置づけの違いや併用の考え方について説明します。
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運動療法(リハビリテーション):
太ももの前の筋肉(大腿四頭筋)を鍛える運動や、膝の可動域を広げるストレッチなどのリハビリは、膝関節症の治療の基本です。ヒアルロン酸注射で痛みを和らげつつ、リハビリを並行して行うことで筋力がアップし、膝関節への負担軽減・安定性向上につながります。痛みがあるとなかなか運動できませんが、注射で痛みを抑えながらリハビリに取り組むことで、長期的な改善効果が高まります。日常生活では体重コントロール(減量)や正座を避けるなどの生活習慣の見直しも重要です。こうした対策を注射と併用することで、より効果的に症状を和らげ進行を抑えることが期待できます。 -
痛み止めの薬(内服薬・外用薬):
痛みが強い場合には消炎鎮痛剤(NSAIDsなど)を服用したり、湿布や塗り薬を使うことも一般的です。薬は全身または局所の炎症を抑えて痛みを和らげる効果があります。ヒアルロン酸注射と併用することで相乗的に楽になる場合もあります。ただし飲み薬は長期連用で胃腸障害など副作用のリスクもあるため、必要最低限の量にとどめることが望ましいです。ヒアルロン酸注射は局所治療なので全身への副作用がない点が利点ですが、即効性という意味では飲み薬の方が早く効く場合もあります。医師と相談しながら痛み止めと注射を上手に使い分けましょう。 -
ステロイド注射:
ヒアルロン酸以外に、関節の中にステロイド薬(副腎皮質ステロイド)を注射する治療もあります。ステロイドには強力な抗炎症作用があり、膝に水が溜まって腫れているような場合には劇的に腫れと痛みをひかせることができます。効果はヒアルロン酸より即効的ですが、一方で効果の持続期間はそれほど長くなく、繰り返し頻繁に打つと軟骨をかえって痛める可能性も指摘されています(ステロイドは炎症を抑えますが軟骨の代謝にも影響を与えるため)。そのため、ステロイド注射は膝が激しく腫れている急性期に一時的に行うことはありますが、長期的な連用は避けるのが一般的です。ヒアルロン酸注射と併用することはあまりなく、症状や目的に応じて使い分けられます。例えば「膝に水が溜まってパンパンに腫れている→まず水を抜いてステロイド注射で炎症を鎮める。その後、痛みが落ち着いたらヒアルロン酸注射やリハビリでケアする。」というように段階的に使われることがあります。 -
再生医療(PRP療法など):
ヒアルロン酸注射で効果が不十分な場合の新たな選択肢として、PRP注射(自己多血小板血漿療法)などの再生医療が近年注目されています。PRP療法は自分の血液から血小板を濃縮した液を関節に注入し、組織の修復や抗炎症を促す治療法です。ヒアルロン酸よりも効果が長持ちし、軟骨の変形進行を遅らせる可能性が報告されています。実際、ヒアルロン酸では改善しなかった人でもPRPでは症状が改善する例が多いことがわかってきています。ただしPRPは保険適用外の自費治療で、費用が高額になる点がネックです(両膝で1回5〜10万円程度、数回実施するのが一般的)。そのため現時点では、まずは初期はヒアルロン酸注射で対応し、効果が不十分になってきた段階でPRP注射に切り替えるというのが現実的でしょう。再生医療は今後さらに研究が進めば保険診療に組み込まれていく可能性もあります。 -
手術療法:
保存療法でどうしても痛みが取れない、日常生活に支障が大きい、といった場合には手術も検討されます。代表的なのは人工膝関節置換術(人工関節への入れ替え手術)で、変形した関節を金属やプラスチックでできた人工関節に置き換えてしまう方法です。劇的に痛みが改善し歩行能力も取り戻せますが、入院・リハビリが必要で体の負担も大きい治療です。他にも骨の一部を切って足の軸を矯正する骨切り術(主に比較的若い患者向け)や、関節鏡で関節内を掃除する関節鏡下手術(痛んだ半月板の切除や骨棘の除去などを行う、初期〜中期向け)などがあります。ヒアルロン酸注射はこうした手術をできるだけ先送りするための保存療法の一つと言えます。痛みが強いからすぐ手術…ではなく、まずは注射やリハビリで痛みを和らげつつ様子を見て、どうしてもダメなら手術に踏み切る、という流れになることが多いです。患者さんの中には「手術だけはできれば避けたい」という方も少なくありませんので、主治医とよく相談しながら治療法を選択していきましょう。
まとめ
以上のように、ヒアルロン酸注射はあくまで膝関節症治療の一手段であり、魔法の治療ではありません。痛みを抑えている間にリハビリで筋力をつけたり、他の治療とうまく組み合わせたりすることで本領を発揮する「縁の下の力持ち」的な存在です。主治医は患者さん一人ひとりの膝の状態やニーズに合わせて最適な治療プランを提案してくれます。ヒアルロン酸注射単独にこだわらず、包括的なアプローチで膝の痛み改善を目指すことが大切です。
参考文献
・Sherman SL, Gudeman AS, Kelly JD 4th, Dimeff RJ, Farr J. Mechanisms of Action of Intra-articular Hyaluronic Acid Injections for Knee Osteoarthritis: A Targeted Review of the Literature. Am J Sports Med. 2025 Mar 19:3635465241302820.