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変形性膝関節症・変形性股関節症と再生医療

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こんにちは。副院長の渡部です。

ひざや股関節の痛みでお悩みの患者さんから、ご質問をいただくことがあります。

「幹細胞治療やPRPで、軟骨は再生しますか?」
「手術を避けられる再生医療はありませんか?」

私は大学院時代に膝関節の再生医療の基礎研究に携わってきましたが、その経験もふまえ、現時点で医学的にわかっていること・まだわかっていないこと、およびそこから導かれる再生医療への関わり方について、わかりやすくお伝えしたいと思います。(当院でもPRP療法を行っております


1.変形性膝関節症・股関節症とは?

変形性膝関節症・変形性股関節症では、関節の表面を覆う軟骨がすり減り、骨や関節包、筋肉・靭帯なども少しずつ変化していきます。

 階段の昇り降りで痛い

 立ち上がりや歩き始めがつらい

 長く歩くと関節が腫れてくる

 股関節の引っかかり感・可動域制限 など

こうした症状が少しずつ進んでいき、日常生活やお仕事、趣味のスポーツにも影響が出てきます。

治療に関してまず基本となるのは、

 体重管理

 筋力トレーニングやストレッチなどのリハビリ

 痛み止めや湿布などの薬物療法

といった保存療法です。保存療法が十分に効果を示さない場合には、手術適応と考えられます。ですが、患者さんの中には「人工関節置換術を避けたい」「もう少し保存療法で頑張りたい」といった思いもあり、「再生医療」が注目されています。「再生医療」は一般的な保存療法と手術療法の間にあるものだと理解していただくとイメージしやすいかと思います。


2.医療広告で耳にする「再生医療」とは?

ひざや股関節の再生医療として、よく目にするのは次の2つです。

① 幹細胞治療(MSC:間葉系幹細胞)

 骨髄や脂肪、膝関節の滑膜などから細胞を取り出す

 細胞を加工・培養し、関節の中に注射する

という流れの治療です。
幹細胞には、炎症を和らげたり、周囲の細胞に働きかけて組織の修復を助けたりする作用があるとされています。私が、大学院時代に所属していた研究室でも滑膜間葉系幹細胞を用いた軟骨再生、半月板再生の基礎研究が盛んに行われ、その有効性から開始した医師主導治験も行われていました。

PRP(多血小板血漿)療法

・ 自分の血液を採取

・ 遠心分離で血小板を濃縮し、その液を関節内に注射

血小板から放出される成長因子が、組織の修復や炎症を抑える働きを持つと考えられています。

いずれも「自分の細胞や血液を使う」という意味で、イメージとしては魅力的に感じられるかもしれません。
一方で、実際に「どこまで効果が証明されているか」は、冷静にデータを見る必要があります。


3.膝関節に対する再生医療のエビデンス

幹細胞治療(MSC)

膝の変形性関節症に対する幹細胞治療については、海外を中心にいくつかランダム化比較試験(RCT)が行われ、その結果をまとめた解析(メタアナリシス)も出ています。

・ 痛みや機能(WOMACスコアなど)が「ある程度改善している」と報告する研究があります。

・ 一方で、軟骨の厚みや量がはっきりと回復したとは言い切れないという結果も多く、画像上の「再生」がどの程度かはまだはっきりしていません。(軟骨の厚みや量はMRIを用いて評価しますが、軟骨の厚みは一般的なイメージよりかなり薄く、MRIで細くスライスをしても定量的な評価が難しいことも、軟骨の回復について十分に結論がついていない理由としてあります。こちらも、大学院時代に研究に携わり、その定量評価に苦労した記憶があります。)

・ さらに、プラセボ(生理食塩水など)と比べたRCTでは、症状の差がほとんど出なかった試験も報告されています。

つまり、「痛みや機能が良くなる可能性もあるが、『軟骨が元どおりに再生する治療』とまでは言い切れない」というのが、現時点での正直なところです。

PRP療法

PRPは歴史が比較的長く、変形性膝関節症に対するRCTは幹細胞治療より多く行われています。

 ステロイド注射やヒアルロン酸注射、生理食塩水と比べて短〜中期的な痛み・機能の改善がやや優れているとする研究があります。

 一方で、数百人規模の大きなRCTでは、PRPと生理食塩水で痛み・軟骨量ともに差が出なかった、という結果も報告されています。

さらに、PRPと一口に言っても、

 血小板の濃度

 白血球を含むタイプかどうか

 注射する回数 など

が研究ごとにバラバラで、「どのPRPが効いているのか」が統一されていない点も大きな課題です。

そのため、国際的なガイドラインでは、

 「有望ではあるが、日常診療の標準治療とまでは言えない」

 「推奨・非推奨をはっきり決めるには、まだエビデンスが不足している」

という、慎重な立場がとられています。


4.股関節の再生医療は、エビデンスがさらに少ない

股関節の変形性関節症に対するPRPや幹細胞治療となると、膝以上に研究の数自体が少ないのが現状です。

 PRPと生理食塩水を比べたRCTでは、痛み・機能・生活の質に明確な差が出なかったという報告があります。

 幹細胞治療に関しては、症例報告や少数例の研究で「症状が改善した」とする報告はありますが、きちんと対照群を設けたRCTはごくわずかです。

そのため、股関節に対しては、「まだ研究段階」という色合いがより強いと言えます。


5.なぜRCTでのエビデンスが乏しいのか?

「論文はたくさんあるのに、なぜエビデンスが乏しいと言うのか?」と感じられる方もいらっしゃると思います。理由はいくつかあります。

① 治療内容が研究ごとに統一されていない

 幹細胞の採取部位(骨髄・脂肪・滑膜など)

 培養して増やすのか、最小限の加工にとどめるのか

 投与する細胞数や回数

 PRPの作り方、濃度、注射回数

などが研究ごとにバラバラで、「幹細胞治療」「PRP」とひとまとめに評価しづらい状態です。

② 症例数や観察期間がまだ不十分

 数十例規模の小さな試験も多く、統計的な信頼性は限定的です。

 「1〜2年後まで」の結果はあっても、「5年、10年後はどうか」という長期データはほとんどないのが現実です。

③ プラセボ対照・二重盲検の試験が少ない

注射治療では、「打ってもらった」という心理的な安心感で痛みが軽くなるプラセボ効果が大きく働きます。
しかし、患者さんも医師も「何を打っているか分からない」状態で比較する二重盲検RCTは、技術的にも倫理的にもハードルが高く、まだ十分な数がありません。RCTの研究では、例えばPRP(効果のあると思われるもの)と生理食塩水(効果がないとわかっているもの)を無作為(くじ引き)で50%の確率で投与されます。そもそも、そのような研究に参加したいと思う方もそれほど多くないのが実情です。

そのため、

「治療を受けた人が良くなっているように見えるが、それが本当に薬理作用なのか、プラセボ効果なのか」

を厳密に区別しきれていない研究も多い、ということになります。


6.当院としての考え方

東京整形外科ひざ・こかんせつクリニックでは、ひざ・股関節の専門クリニックとして、再生医療に関するご相談を受ける機会も増えています。

 再生医療は効果がある可能性を持つこと

 しかし現時点では、「軟骨をしっかり再生させ、手術を確実に避けられる治療」と言い切れるだけのRCTなど信頼性の高いエビデンスは揃っていないこと

この両方を、できるだけわかりやすくお伝えするよう心がけています。

そのうえで、

 体重管理や筋力トレーニング(リハビリ)

 歩き方・生活動作の見直し

 痛み止め・装具などの保存療法

 そして、必要に応じて人工関節置換術などの手術療法

といった確立された治療を土台にしながら、再生医療の適応について一緒に考えていくことが大切だと考えています。


7.まとめ

 幹細胞治療やPRPなどの「再生医療」は、変形性膝関節症・股関節症に対して有望な可能性を持つ治療です。

 一方で、質の高いRCTの数はまだ限られており、効果や安全性を長期的に保証できる段階ではありません。

 特に股関節に関しては、研究の蓄積が膝より少なく、「研究途中」という段階です。

 治療を検討する際は、費用・リスク・得られる可能性のあるメリットを理解したうえで、他の保存療法や手術療法も含めて総合的に判断することが重要です。

再生医療に関する情報は、インターネットや広告ではどうしても「良い面」が強調されがちです。
当院では、ひざ・股関節の専門クリニックとして、最新のエビデンスとこれまでの研究経験をふまえながら、患者さんお一人おひとりにとって最適な治療選択を一緒に考えていきたいと考えています。

「自分の状態で再生医療は検討の余地があるのか?」
「まず何から始めればよいのか?」

といったご相談も含め、気になることがあればいつでも遠慮なくお尋ねください。(当院でもPRP療法を行っております


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東京整形外科ひざ・こかんせつクリニックは、
ひざ・股関節でお困りの方が、再び自分らしい生活を取り戻すためのパートナーでありたいと考えています。

当院では、レントゲンだけで判断せず、丁寧な診察とリハビリ評価を通じて、痛みの根本にアプローチしています。
「原因がわからない」「どこに行っても改善しない」と感じている方も、どうぞ一度ご相談ください。

渡部直人 専門分野 膝・股関節・骨粗鬆症

日本整形外科学会専門医、日本骨粗鬆症学会認定医、医学博士

ひざや股関節が痛くて来院された方が診察と検査を通じて痛みの原因を特定し、正しい治療を経て痛くないひざ、股関節を取り戻す手助けをさせていただきたいと思っています。

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